熊本地震の被災地入りをして感じたこと。これから必要なこと。

4.14スマホの警報とともに熊本地震が起きました。

そして28時間後の夜中何度も警報がなり大きな地震が来た。まずは家族の安全を確保し動き始めたのは4.16。まずは手探りで情報を精査し、自分に動ける場所をピックアップ。

栃木からトラックを走らせて物資を積んで現地入りを進めている方がいるとfbより情報を入手。聞くと情報の精査も終わっていて数万食をたりない地域に届けれるとのこと。福岡の須恵インターに着くのが0:30と情報を入手。物資を積めるだけ積み途中のコンビニにも幾度かよりながら須恵インターへ。この時点ではまずはスピードが速い人間に渡すことが先決と考え知らない人でしたが目で見て判断し物資をお願い。

次の日の朝、現地入りすることを家族に伝え再度物資を集めながらもう少し丁寧に情報を精査。現地ど真ん中にも信頼できそうな情報も多々ありましたが、はっきり分からない情報が多すぎる。足手まといになるのだけは避けたい。そんな中知り合いが拠点作りをしていることが発覚。市内ではなく阿蘇方面へ即刻向かうことに。道路は寸断され迂回路の連続ではありましたが渋滞なし。誰にも迷惑がかかることなく助けを必要としている人たちの元にたどり着くことができた。

着くなりパッと明るい顔で「元気がでた!」と喜んでくれたがその時はそんなことより手伝わせろ!と言う意識の方が強くそこから一気に夜中までの立ち上げ作業開始。途中避難所におばあちゃんを送ったのですが、不安の意識がとても強い。何もできない自分に苛立ちもするが、本当にありがとうと言ってくれたおばあちゃんの一言で少しは役に立てたのかなと思う。作業の中「元気がでた!」と言っていただいたことについて考え直す。どれだけ不安だったのだろうかと言うことと、外から来た勢いと活気がある人間が与える

次の日には続々と人が集まって来て拠点としての稼働が始まりだした。現地での情報がどんどん入りだす。fbの情報ではなく現地の生の声だ。福岡の周りの人間は大体の情報しか入ってこない。知らない人がたくさん現地入りしてはいるが知っている人が入っていないから動きがどうしても遅くなることもある。拠点は動き始めている。その人の発信力、求心力を考えればこれからどんどん人が集まって来るだろうことは予想される。となれば、家族や仕事のことのあるので生の動いた情報を持ち帰り福岡で発信をすることへと急遽変更。ちょうど帰りついたころ、震度5の地震がぼくがいた付近で再び起きる。複雑な気分だ。

福岡で自分自身の目で見て手で触れて、直接動いて来た情報発信をfbですることが次に動く知人の為になる。今からは今後も支援をして行く為の下地作りに入ります。状況を見ながら今自分にできることを。自分の役割は何なのか?を考えながら動く。次のフェーズへ移行しつつある熊本地震。命が守られることが最優先の最大事項ですが、これからは並行して心のケアも必要になれば熊本経済、九州経済の素早い復興が大事になってくる。そんな時に自分は何をできるのか。それを考えることも今後は大事になって行く。素早い対応と素早い復興ができれば今度はそれが九州の強みになり日本中からも世界中からも信頼につながりますます復興が早くなる。

幸い原発は壊れていない。これからはそれが重要になる。ぼくらが3.11で学んで来たことはそういうことだと言うことを肌でビンビンと感じる。土地や建物はいくらでも復興できる。それが心のよりどころになる。復興へ向けたパワーが並大抵では無い。がんばれ熊本、がんばれ九州。これを個人レベルで感じてる人、自分ごととして捉えることができている人がかなり多いことを感じる。

書きなぐりで荒いところや勘違いをさせてしまうところもあるかも知れないが勢いのままの感情の方が伝わることもあると思う。感情の変遷を残しておきたかったこともある。それを大事にして書いた文章であることを理解していただきたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。