初詣「高宮八幡宮」「平尾八幡宮」「平尾天満宮」「小烏神社」等100社参り挑戦中

「コトシカナエルエル100ノユメ」と言う企画をしています。

その中で神社100社を巡る100社参りをする

と言う夢があります。

元日初日にできるだけの神社に初詣に行こうと言うことで全部で37社詣をして来ました。

「初詣1社目」含む100社の記録はこちらにまとめてます。

100社参り「今年中に100社参りします」

小銭をたくさん準備しまして、自転車で福岡市内を初詣中です。

この記事は16社目からスタートします。

100社参り16社目「高宮八幡宮」

ようやく、人がそれなりにいる神社へたどり着きました。正月らしく賑やかなのがいいですね。話かけても元気な人ばかり、このエネルギーをもらって次の神社に行くことにします。少し並びました。

社史によると、天智天皇(西暦655~661)の御代に磐瀬 (現在の西鉄高宮駅東方に地名が残って居る)の行宮に居られた 時に、神功皇后の縁の地として此処に神さまをお祀りになったと伝えられております (四王寺山の城や水城が築かれた頃)。

現在のTNCテレビ塔一帯の高いところに創建されたようで、その場所の位置と地形、つまり今の平和台に在った外賓応対の施設と大宰府との連絡道路に面して居り、更に博多湾を望み、大宰府と那珂郡を一望できる軍事上重要な位置をなしていることと時代背景を考えますと、国の外難防御祈願の為に創祀されていることが解ります。

後、寛仁年間 (1037年頃)に 岩戸少卿大蔵種直が社殿を造営して武運を祈り代々崇敬しました。また、建久年間(1190年ごろ)原田氏 (糸島郡の高祖城主) の時、当神社を高宮の宮の尾に移し、高宮、平尾、野間の三村の氏神、那珂郡の惣鎮守神としたと伝えます。

当宮の寛永年間(西暦1624年頃)の棟札によりますと、本殿は藩主黒田忠之公の寄進されたもので、一の鳥居は長政公の寄進であり、拝殿は家老の加藤司書の寄進とのことです。武運祈願の神社として慶長7年(1602年)に神社を古宮の跡である現在地に遷座し、のちに分霊を平尾村と野間村に勧請して氏神としています。

また、天保年間の棟札には、惣産子として高宮村、平尾、野間、若久、屋形原、野多目、和田、老司、塩原、清水、日佐、那珂、竹下、春日、安徳、馬出、堅粕までの17村の名前が書いてありました。
那珂の郡の鎮守、高神様という伝承を裏付けるものです。

明治以降は一村の氏神として祭られるのですが、秋の祭には「宮座」の奉仕がありました。毎年廻り当番で、氏子の家で一切の経費を負担して祭の準備をしたのです。

高宮八幡宮ブログより

軍事上大事な位置にあった神社みたいです。高宮から春日、堅粕までと言うことは結構な範囲です。由来を知ると自分の住んでいる町のことが知れます。日本の大きな財産です。ぼくらが守っていかないといけないものだなと思わされますね。

高宮八幡宮

福岡県福岡市南区高宮四丁目9-34

100社参り17社目「平尾八幡宮」

福岡では有名なお金持ちゾーンの平尾です。周りの家も大きな家が多いですもんね。福岡市動物園と言う小さい頃からよく行っていた動物園の近くにあります。ここも賑わってる神社です。

当社、古宮の地は、仲哀天皇、神功皇后が熊襲平定、三韓遠征のため船で瀬戸内海を航行して九州に入られ、那の大津に上陸して小憩された地とされている。そして、この吉例にならい、九州遠征の豊臣秀吉もこの地を通ったと伝えられている。そして、慶長年間(1596年~1615年)、現在の場所に移されたと言われる。

神社人より

平尾八幡宮

福岡県福岡市中央区平尾四丁目10-38

100社参り18社目「平尾天満宮」

平尾天満宮は、先ほどの平尾八幡宮と同じ敷地内にある神社です。天満宮と言えば太宰府天満宮、菅原道眞です。平尾天満宮は菅原道眞が福岡の地の第一歩を印された地みたいです。

平尾天満宮

福岡県福岡市中央区平尾四丁目10-38

100社参り19社目「小烏神社」

何か鳥居から独特の神社の雰囲気を感じます。鳥居から結構な急階段です。階段を登りきると焚き火が。よかった久しぶりの暖が取れます。少し暖をとってお参りをしました。

当社の祭神は、「建角身神」といわれていいます。建角身神は、神産霊神のお孫神で神徳高く、国土開拓のため産霊の威徳をもって、神武天皇ご東征の折には、皇軍を導かれ、賊軍の説得に努め、多大の功績をたてられたといわれています。その建角身神を祭神とする当社は、古来より薬院の地に鎮座する地方の古社で建国創業の神として、地方開拓の産霊祖神として村人の信仰を、集めていたと、いわれていいます。明治五年十一月三日、村社に指定されましたが、その当時の薬院村には、古小烏、南薬院、汐入町、原の町、上出口町、中出口町、岩戸町、中庄町、小森町がありました。なお、現在では家内安全、商売繁盛、子供の守り神として、地域住民から多くの信仰を集めている氏神様であります。

すごい古くからある歴史ある神社ですが、一度福岡城建設の際に警固神社に合祀(複数の神を一つに合せて祀ること)されたことがあるみたいです。その後、この場所に分離されたみたいです。

小烏神社

福岡県福岡市中央区警固三丁目11-56

100社参り20社目「白波稲荷神社」

小烏神社と同じ敷地内にある稲荷神社です。帰りに芋が焼けたけど食べんかって言ってたおじさんたちがほのぼのとしてよかったです。

小烏神社

福岡県福岡市中央区警固三丁目11-56

100社参り21社目「金刀比羅神社」

今日一番にハードでした。心臓破りの坂。登りきって下を見ると清々しい。正月からいい運動をしました。

当社は海上安全貿易繁昌の守護神として古くより此の地に鎮座ましまし霊験殊にあらたかにして世の崇敬篤し。元和四年黒田藩主が朝鮮出征の折水軍の守護神として海上安全を祈念したのに始まり

海上安全の神社がなぜ山の上にあるのかは分かりませんが、気持ちよかったです。

金刀比羅神社

福岡県福岡市中央区桜坂三丁目3-20

100社参り22社目「よくわからない天満宮」

ついに来ました。名前がわからない神社。絶対に一つは出会うだろうなと思ってたんです。やっぱり出会いましたね。申し訳ない気分になりますが、きっちりお参りしました。この小さな神社でも他の参拝者の方と新年の挨拶を交わすことができました。

まとめ

高宮から高宮通りを通り、平尾天満宮で薬院までの神社を参拝しました。賑わっている神社が多かったので楽しかったです。ここから天神エリアに入りますのでちょっと休憩を。天神エリアは大きな神社が多いので活気に期待。とても楽しみです。

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